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Essence

薬剤経済学の真髄

薬剤経済学(医療経済評価)・医療技術評価(HTA)による分析は、医薬品・医療機器の価値を評価し、
適正な価格を検討する上で重要なエビデンスを生み出します。
2019年4月からは費用対効果評価制度が開始され、「Minds診療ガイドライン作成マニュアル2020」では
医療経済評価の章が新たに追加されました。薬剤経済学は、医療業界にとってさらに重要な知識となるでしょう。

価値に見合った価格

薬剤経済学(医療経済評価)や医療技術評価(HTA)に関する議論では、「価値に見合った価格」という言葉をしばしば目にします。しかしそもそも医療の価値とはどのように評価すればよいのでしょうか。

図1医薬品/医療機器の価値とは?

diagram01

薬剤経済学では、医療の価値は、生命予後(生存年数)とQOLの改善によって評価できると考えます(図1)。医薬品や医療機器はもちろん、医師の診療、看護師の看護など医療に係る様々な行為はすべて患者の生命予後、あるいはQOL(あるいは両方)の改善に貢献しているはずです。生命予後とQOLを単一の指標で評価できるように生み出されたのが、質調整生存年(QALYs:Quality-adjusted Life Years)という指標です。

QALYs(質調整生存年)

QALYs(クオーリー(ズ)と読みます)の考え方は大変単純で、読んで字のごとく、生存年をQOLで重みづけすることで算出される指標です。図2は横軸が生存年、縦軸がQOLを示しています。このQOLは、死亡を0、完全な健康を1としたスケール上で評価される値であることが必要です。このようなQOLをQOL値(あるいは効用値)と呼びます。ここで2名の患者さん(Aさん、Bさん)の40年間の過ごし方を考えてみます。

図2質で調整した生存年(QALYs)

diagram02

最初にAさんは完全な健康状態(QOL値=1)でしたが、10年目に健康状態が悪化し、QOL値が0.8に低下しました。その状態で10年間過ごした後に再び体調を崩し、今度はQOL値が0.5に低下しました。さらに10年後にQOL値が0.2に低下し、その10年後に亡くなりました。このときAさんのQALYsは下記のように計算することができます。

AさんのQALYs=10年×1.0+10年×0.8+10年×0.5+10年×0.2=25QALYs

一方Bさんは最初から健康状態が良くなく、QOL値は0.5でした。その状態で40年間を過ごし、40年目に亡くなりました。BさんのQALYsは下記のように計算されます。

BさんのQALYs=40年×0.5=20QALYs

AさんとBさんの生存年数はどちらも40年ですが、2人の40年間の過ごし方は明らかに異なります。QALYsを使って生命予後とQOLの両方を総合評価することで25QALYsと20QALYsと見事に2人区別することができました。

薬剤経済学とは

価値に見合った価格を考えるためには、医薬品/医療機器の価値と、発生する費用の両方を相対的に評価することが必要となります。それこそがまさに薬剤経済学です。価値に見合った価格を考えることは薬剤経済学そのものと言うことができます。

図3薬剤経済学とは

diagram03

モデル

「医薬品/医療機器の価値」は、QALYsによって評価することができますが、実際にQALYsを推計することは簡単ではありません。降圧薬のQALYs推計を例に考えてみましょう。降圧薬の臨床試験では、高血圧患者にどの程度降圧効果が認められたかを評価しますが、QALYsによる評価のためには、降圧による余命の延長と生涯におけるQOL値の変化を定量的に評価しなければなりません。そのためには、高血圧患者の長期的な脳卒中発生リスクや、脳卒中後の障害度分布、障害度による生命予後の違いなどの推計が必要となります。製薬会社が製造承認を取得するための臨床試験(治験)における観察期間は長くても数ヶ月程度、いわゆる大規模臨床試験と言われるものでも数年程度であることを考えると、QALYsによる評価に必要な様々なデータを臨床試験から入手することは非常に困難であることが想像されます。

薬剤経済学では、そもそも臨床試験の中でQALYsを評価することをあまり行いません。観察期間の短さも理由のひとつですが、薬剤経済学は通常現実世界(リアルワールド)における費用対効果を評価することが目的であるため、プロトコルで規定された実験環境である臨床試験における評価は目的に合わないことが大きな理由です。薬剤経済学では患者の長期的な状態変化やそれに伴うQALYs・費用の推計のために「モデル」を使います。モデルとは、治療の流れと患者の予後を人工的に構築したものです。薬剤経済学では、モデルを使って臨床試験期間を超えた時間範囲におけるイベントの発生や生命予後を推計し、それに基づきQALYsや費用の推計を行います(図4)。

図4臨床試験と
モデルシミュレーション

diagram04

急性疾患の分析には、決定樹モデル(ディシジョンツリー)というモデルがよく使われます(図5)。ディシジョンツリーの構造は非常にシンプルで、治療や疾患の流れを左側から右側に向かって組み立てていきます。「治療を開始して3日目に初期治療効果を判定する。有効な場合は治療継続、効果不十分な場合は、別の薬剤に切り替える。効果不十分な確率は5%・・・」のように起こりうるシナリオと確率によってツリーを構築します。ディシジョンツリーを使うと、ある治療を行った場合に、確率的に期待できる費用や生存年数を推計することができます。これらを期待費用、期待生存年と呼びます。

図5決定樹モデル(ディシジョンツリー)

diagram05

一方慢性疾患の分析では、マルコフモデルというモデルがよく使われます(図6-1)。マルコフモデルは、疾患の予後を複数の状態に定義し、患者が長期的にその状態間を移動していく様子をシミュレーションします。図6-1は仮想的な疾患Aの予後に関するマルコフモデルです。この疾患Aに対する新薬Aは、病態悪化率(及び死亡率)を従来療法よりも50%抑制する効果があるとして、マルコフモデルでシミュレーションした生存曲線(10年間)が図6-2になります。このシミュレーション結果から2群の期待生存年の差は0.9年であることがわかります。

図6-1マルコフモデル

diagram06_01

図6-2マルコフモデルによる
シミュレーション(生存曲線)

diagram06_02

糖尿病のように複数の疾患が同時に進行していく疾患の分析には、モンテカルロシミュレーションという手法が用いられる場合もあります。モデルの詳しい説明は、勁草書房から出版されている「講座 医療経済・政策学 第4巻 医療技術・医薬品」の第5章、「臨床経済学のためのモデル分析」をご覧ください。

費用対効果の評価指標

モデルにより長期的なQALYsや費用を推計することができますが、医薬品/医療機器の費用対効果とはどのように評価したらよいのでしょうか。

例えば、ある疾患における既存薬Aに対する新薬Bの評価を考えます(図7)。もしも新薬Bの総費用(薬剤費だけではなく関連して発生する費用も含んだ総費用)が既存薬Aの総費用よりも小さく、QALYsが大きい結果となった場合は、非常にシンプルな結論が導かれます。すなわち、迷わず新薬Bを選択すべし、です。反対に、新薬Bの方が費用が大きくQALYsが小さい場合は、新薬Bを選択する理由は何もありません。

問題は、新薬Bの費用が既存薬Aよりも大きく、QALYsも大きい場合です(その逆の場合もありますが、現実的には新薬Bは既存薬AよりもQALYsが大きい(あるいは等しい)ことが前提になりますから、反対の場合の議論は割愛します)。言い換えれば、既存薬Aよりも新薬Bは、効果(QALY)が大きいが、その分費用が余計にかかってしまうというような状態です。

図7費用対効果平面

diagram08

このような場合は、既存薬Aから1QALY延長するために必要となる追加費用で、新薬Bの費用対効果を評価します。これを増分費用効果比(incremental cost-effectiveness ratio: ICER)と言います。図8はICERの例です。新薬Bは既存薬Aよりも2QALYs延長することができますが、費用も200万円多く発生します。このとき新薬BのICERは

200万円/2QALYs=100万円/1QALY延長

となります。

図8ICERの考え方

diagram13

問題はこの100万円のICERが高いか安いか、つまり費用効果的と言えるかどうか、です。そのためには費用対効果を判断するための指標、つまりICERがこの値を下回れば費用効果的と考える、という値が必要になります。この値のことをICERの閾値と呼びます。実は多くの国で薬剤経済学は公的な医療政策に利用されており、英国はその代表的な国のひとつですが、英国ではICERの閾値を3万ポンドと考えているようです。日本円にすれば500万円から600万円といったところでしょうか。日本でも1QALYに対する支払意思額についての研究で同様の数値が報告されています。

日本では医療費が多くかかることが悪いことのように考えられがちですが、実は薬剤経済学を公的に利用している国でそのような考え方をしている国はひとつもありません。仮に医療費が多くかかったとしても、それに見合った価値があれば許容しよう、という考え方をしています。そしてそれこそが薬剤経済学の考え方なのです。

不確実性の扱い

モデル分析は、臨床試験期間を超えた時間範囲における費用対効果を推計するための非常に強力なツールですが課題もあります。例えば、使用するパラメータの不確実性の扱いはモデル分析における大きな課題のひとつです。完全なサイコロをふって1が出る確率は1/6であり、この数値に不確実性はありません(実際に1がでるかどうかは別問題です)。しかし、臨床試験における有効率の点推定値は通常95%信頼区間とともに提示され、どこに真の値があるかは正確にはわかりません。

こうした不確実性による影響を評価するために、モデルを使った薬剤経済分析では感度分析を行います。感度分析とは、使用したパラメータを一定の範囲で変化させた場合に結果がどのように変化するかを検証する手法です。例えば、降圧剤の有効率(85%)を95%信頼区間の下限値から上限値(例えば75%~95%)で変化させてみて、「費用効果的である」という結論が変化しないかどうかを確認します。パラメータの値を変化させればICERの値も変化しますが、それでもICERが閾値(例えば500万円)を下回っていれば、「費用効果的である」、という結論は維持されます。ひとつひとつのパラメータを変化させる感度分析を一元感度分析(図9)、同時に2つのパラメータを変化させる感度分析を二元感度分析(図10)と呼びます。

図9一元感度分析

diagram09

図10二元感度分析

diagram10

さらに高度な感度分析として、パラメータの不確実性をそのまま確率分布として扱い、確率的に不確実性の影響を検証する方法もあります。これを確率的感度分析(probabilistic sensitivity analysis, PSA)と呼びます。PSAを実施すると、ICERが閾値を下回る確率(つまり費用効果的と考えられる確率)を示すことができます。横軸にICERの閾値を、縦軸にその閾値に収まる確率をとったグラフは費用効果受容曲線(cost-effectiveness acceptability curve, CEAC)と呼ばれ、最近の費用効果分析ではよく登場します。

例えば図11からは、分析対象の薬剤のICERが500万円以内になる確率はおよそ60%であることがわかります。

図11費用対効果受容曲線
(cost-effectiveness acceptability curve)

diagram12

そして費用対効果評価制度(日本版HTA)の導入へ・・・

実は、我が国の費用効果分析の行政利用の歴史は古く、1992年から薬価申請時の参考資料として薬剤経済学的エビデンスの提出が認められています。また、2019年4月からは医薬品や医療機器の価格決定プロセスに、費用対効果を考慮する仕組みが正式に導入されました。これを費用対効果評価制度(日本版HTA)と呼びます。日本版HTAでは、高額で販売額の大きい製品(医薬品及び医療機器)が保険収載時に分析対象技術として選定されます。分析対象技術として選定された製品を持つ企業は、その製品の費用効果分析を実施し、その結果を提出することが求められます。その後公的分析や総合的評価(アプレイザル)を経て最終的に決定されたICERに基づき、製品価格の調整が行われます。場合によってはせっかく獲得した補正加算が90%も引下げられる可能性があるため、なるべく早く日本版HTAに対する準備を開始し、当局との交渉に備える必要があります(原価計算方式の場合は補正加算部分に加えて、営業利益部分も引下げ対象となります)。

費用効果分析の本質は、希少資源の効率的配分を考えるための意思決定分析であり、製薬・医療機器会社が日ごろ親しんでいる臨床研究の考え方とは大きく異なります。この違いを認識しないと、当局との交渉のための効果的な理論構築はできません。
クレコンメディカルアセスメントは、薬剤経済学や費用効果分析における30年の経験から、豊富な専門知識と高い専門技術を有しています。日本版HTAに関する疑問などありましたら、お気軽にお問合せください

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薬剤経済学(医療経済評価)で、医薬品・医療機器の費用対効果を評価するためには、様々な専門技術・専門知識を複合的に活用することが必要です。弊社では、長年培った高度なモデリング・統計解析技術を駆使して、様々な医療技術の費用対効果を評価します。

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